日々の雑感帖。小説は25pmにて公開しています。
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 イヤホンを耳につっこんで、夕暮れの国道を原付で走りにぬける。

ちょっと無理しながらも群れる車たちのライトをすり抜けて、

車線と車線を行き来する。壊れかけたメットの隙間を過ぎる風の

キュウキュウという音。曲の疾走感も相まって不思議な気持ちが

高まるのが分かる。このままどこか、道の端の端まで行ってしまいたい、

夜の気流に乗って。



 それにしても、と涼しいというには少し寒いくらいの風を受けながら思う。

ずいぶん日が短くなってきたなぁ。この時間でも車はヘッドライトの光を

振り撒くし、なんといっても日焼けしないように長袖を着る必要もなくなった。



 そんな学校からの帰り道、赤信号で橋のたもとに止まった。

少し浮かれながら何気なく川を見下ろすと、気持ちよさそうに

さらさらと穂を揺らす白いススキの原が目に入った。

川じたいはそんなに大きいこともなく、歩いてこの橋を渡っても

1分かかるか掛からないかというところだ。そんなふうにぼーっと

ススキに見入っていた時には気づかなかったけど、あらためて見ると

川が流れていないんじゃないかと思う。そういうように見える。

水は十分にあるのに水面がゼリーのように固まって、風のかたちや

瀬のざわめき、深く抉れた淵のぬらりとした質感がそのまま時を

止められたように動かない。そんなわけないそんなわけない。

だからきっと……実際にそう見えているので下手にうまい言い訳がみつからない。
そのまま気にしないで帰ろうかと一瞬思ったけれど、不安と好奇心に負けて

信号が青になったと同時に左へウィンカーを出し川沿いの道へ曲がった。



 少し行ってからガードレール際に止まり、さらに身をんーっと乗りだして

覗き込む。やっぱりおかしいよなぁ。試しにイヤホンを外してみても

せせらぎの音は聞こえてこないが、あるいは流れが静かなだけかもしれない。

もうこうなったら川辺に下りてでも確かめてみたいところだけど、

コンクリで固められた側壁はかなりの高さがあったし、

その下は背丈のたかい草や先ほど見入っていたススキがちょっとした

薄暗い藪をつくっている。こりゃ無理か……諦めてUターンし引き返そうと

したところで、ヘッドライトがちょうどその階段を照らし出した。

偶然みつけた階段は注意して見ないと誰の目にもとまらないような、

小さな小さな、だけれども綺麗なコケが飾っているつつましやかな

造りになっていた。一歩一歩たしかめながら降りていくと

思っていたより藪は深く、闇は沈んでいた。薄いオレンジと薄い青が

調和していたさっきまでの空の光が頭上からちらちらと漏れ、

ここでは場違いに明るすぎる光として、自分と頭上の道のある世界とを

繋ぎ止める希望の光として、存在していた。

そのまだら模様の光を頼りに道なき道を進んだ。途中で引き返そうとは

思わなかった、ここまできたら最後まで。しゃにむに両手で草をなぎわけ、

歩を進めた。あまりにも正面の草以外なにも見えてこないので方向を

間違えているんじゃないかと思い出したころになってようやく、

日も暮れた川辺に辿り着いた。そこには信じられないくらい

大勢の人々が凛として立ちつくしていた。人々はススキのように

見えた。人々は石のように見えた。人々はまだらな光のようだった。

石はススキでススキは光だった。すべては等価であり異物は

認められない。人々がざわめくとススキは葉擦れのサヤサヤとした

音をたて、石が黙すと川は流れをとめた。



 暖かい昼の陽射しが川を包む。

流れるのをやめた川の薄暗い水底から今日も、

橋の欄干へ救いの眼差しを向け続けるのは私。