日々の雑感帖。小説は25pmにて公開しています。
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受け入れること、受け入れられること

 ぼくはいつの頃からかここに座っていた。

どうしてか、いつからか。そういうようなことに意味はない。

ただ、今ここにいる、うん、それだけのことだった。






 ふぁっ、と空気がぼくの体をうしろからなぞって、

悔いも残さず前へひらりひらり飛んでいく。

今度は少し右側からまとわりつくように飛び付いてきて、

しばらく遊んでいった。“風”というやつだ。なかなかに面白い。

くの字形にまげた脚の足裏と、後ろについた支え手からトントンとした

震えが伝わってくる。これは水が落ちてくる前触れで、

その水は“雨”という。雨はいつも“雲”と一緒にやってくる。

風と雨と雲と。いっときの宴の始まりだった。その間じゅう木々と

草たちはほんとうに優しく揺れて、それはぼくまで揺れだしたいと

思うほどに上品なものだった。だからぼくもまねして、上品に、そっと、

目を閉じてみた。そうした優しい時間のなか、うっすら目を開けると

下の方から水びたしの男が歩いてくるのが見えた。

正装であたまには宇宙のシルクハットをまぶかにかぶっていた。

「ここまで来るのはまったく大変でしたよ」

 息を切らしながらずぶ濡れの男は言った。しかたなくぼくも喋ってみた。

「なにか用ですか」

「ふふ、私はあなたに“世界”というものをお目にかけようと参りました。

あなたは私が時を数えはじめる前からずっとここに座っていらっしゃる。

それは安定しているでしょうが、厳しい言い方をしますと、それでは

生きている意味がないと言わざるを得ないでしょう。

実際、苦もなければ楽もないというのが本当のところではございませんか」

「そんなことはないです。今も雨の宴を楽しんでいたところです」

「いやいや、そういうことでも楽しめるとはさすがです。

敬服いたします。私どもにはとてもできません。しかし“世界”では

もっと面白く楽しいことに満ちているんですよ。例えば」

 伝道師のような男は水をいっぱいに含んだシルクハットに注目を促し、

そこにぐるんぐるんと宇宙を映しだしたかと思うと、

ここには無い道具で楽しそうに笑い遊ぶ少年たちを見せた。

ぼくはこれは“いい世界”だなと思った。雨はいつの間にかあがり、

ぽたぽたしているのは男の上着のはしから落ちる水と、

ぼくの髪から落ちる水の2種類があった。

「これは楽しそうですね。でもぼくはここを動きたくないんです」

「……どうして。ここ以外にもっとよりよい場所があるのを知って

いらっしゃるのに」

「幸せな場所には苦労もあるからです」

「これは消極的なことをおっしゃいます。確かに苦労もありましょうが、

それは一種のスパイスです。苦労があるからこそ楽しいことを

より楽しめるというものです。苦労なく幸せな思いをするのを

非難はしませんが、それはただ与えられたものです。

苦労から得た幸せとは価値がまったく違います。そうは思いませんか。

いやそうだと分からなくても行ってみればきっとお分かりになるでしょう」

「……なるほど。そうですか。ぼくは苦労をしていなかった、

なら本当の幸せに気づけなかったのかもしれません。うん。

では行ってみたいと思います」

「おぉ、お気づきになられましたか。行きかたはわかりますか。

ただこの丘を降りていって……」

「行きかたは知っています。ありがとう」

そう言ってぼくは丘を降りた。






 私はようやく理解しここを出て行った少年の後姿を見送っていた。

彼がだんだん小さくなっても油断せず見えなくなるまで目を離さなかった。

そしてやっとひとしごと終えたと分かり、ふーっと溜め込んでいた息を

肺のおくから吐き出した。それからおそるおそる憧れの場所に腰を下ろした。

時を数えだしたころから憧れていた場所だ。もはや主は私。



 幾分座っていただろう。そう思うくらい経ってから、

私はある事実をなんとか飲み込んだ。ここは恐ろしく退屈な場所だ。

木が少ないから眺めは良いし、何をしても人から文句を言われることはない。

でもそれだけなのだ。シルクハットを通して見ていた彼はあんなに

満ち足りている様子だったのに! 

実際に座ってみるとただの眺めのいい丘だ。






 ぼくは丘から帰ろうとするずぶ濡れの男を確認すると、

男の帰り道とは少しずれた道から丘を登りだした。

ふだん動かないのでずいぶん疲れてしまったが、ようやっと元の

場所に座ることができた。また雨、降らないかなぁ。






 はるか上空を渡る風は思う。もし苦労の箱というものがあったなら、

少年の箱の表面はどす黒い血でべたべたと、文字通りの血塗れだろうし、

中にはその血や臓物以上に得体の知れないグロテスクな苦労が

詰め込まれているだろう。それを思ってなんと可哀相な人だろうと哀れみ、

しかし今の彼を思ってなんと幸せな人だろうと羨望のまなざしを向けた。






 ぼくは今日もこの丘に座っている。

今は風も吹かないし雲もない。

そのかわり暖かな光が降りてくる。

この光を降らせるものを“受容を与えるもの”という。

この光を“受容”という。

今日は快晴だ。