日々の雑感帖。小説は25pmにて公開しています。
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スーツ

 いまにも雨が降り出しそうなくらい膨らんだ暗い雲が、

わずかな光さえも通さないという様子の1月の午前、

古野楓はぬくぬくとしたこたつの中から恨めしそうに揺れている外の庭木を

恨めしそうな顔で見つめていた。この感想文を書かなくっていいなら

1・2時間くらい外に立っててもいい、ううん、夕飯までだって

我慢できるかもしれない。曇りの日っていうのは意外と暖かかったりするから。

そんなことを思ってみても、どうということはない、原稿用紙はまだ

3分の2が空白のままだった。





 相変わらず霧雨が降り続けている1月の午後3時、経費をエクセルに

打ち込んでいた仲谷啓吾は、今日こそ定時にあがってやると勢い込んで

その手を動かしていた。まったく次から次へ伝票持ってきやがって、

どれだけ働かせりゃ気がすむんだよ……あ、ミスった。修正修正っと。

後で合わなかったらヤだなぁ。そう思いつつふと時計を見やると5時を

まわっている。この束が終わったらあとは明日に投げるか。

 外の空気はすがすがしく、時折顔に当たる雨粒もこんな季節なのに

心地よくさえ感じられる。まぁそう思っていられるのも体が冷えてくるまでの

間だけだから早いとこ駅まで行こう。寒いのだけはどうも苦手だ。

しかし向かいのコンビニの誘惑に負けて寄っていくことにする。

「いらっしゃいませー」

 んー、どれにすっかなー、とデザートコーナーの前にしゃがみこんで

最下段に配置されているプリンの品定めを行う。このクリームの乗っかった

やつもいいけど、こっちの焼きプリンもなかなか……。





 古野楓はもう諦めていたと言ってもいいだろう、こたつに首まで入って

両親と弟とともにテレビを見ていた。が、突然アイスが食べたくなって

きていることに気づいた。いや少し前から気づいてはいたが、

知らぬふりをしていたのだと思う。この雨の中買いにいくなんて

想像しただけでもふるふると体が震えてくる気がする。

それでも冬に食べるアイスほどおいしいものを知らない。


 白い息を吐きながら自転車から降りて店内へと急ぐ。

これにしようかなぁ、それともあれにしようかなぁと悩んだけど、

他にお客さんや店員さんもいたし、ジロジロ見られているわけでも

なかったけど、ここでずっと悩んでいるのが恥ずかしく思えてきて

はじめに気になったアイスを手にレジへ向かうことにした。

そのときだ、なんだか妙に違和感のある光景が目に飛び込んできたのは。

若いスーツの男の人がデザートコーナーにしゃがみこんでまで

プリンの選定をしている。すごく真剣そうだなぁ。しかしこういうのって

女の人がよくするものなんじゃないのかな。その後で、いや、女の人でも

見たことがない、と思い直した。そのスーツの男の人はそれからゆうに

5分は迷っていたと思う。やがてシンプルそうなプリンを買って

満足そうに出て行ってしまった。



 店を出たあと、しばらくぼーっとした気分になって、

実際ぼーっとしていたと思う。それからややあってアイスが

すっかり溶けているのに気づき、公園の前で自転車を止めた。

ベンチが濡れていたから桜の木に寄りかかってべちゃべちゃになった

カップアイスを食べた。こういうのもたまに食べるぶんには美味しい。


 桜はあれだけたくさんの花をつけるのにその後には新芽しか残らない。

花びらさんたちはどこにいってしまうんだろう。咲いているときは

花見だとかいってジロジロ見られて、それなのにそのあとどこにいって

しまうのか見ている人は考えようともしない。

私にもどこにいくのかは分からないけど、木から出ていくときはきっと

満足そうなんだろうな、あの人みたいに。