日々の雑感帖。小説は25pmにて公開しています。
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山の青

 真夜中。懐中電灯が照らしてはいるが、薄暗い。左の沢からの水しぶき

で足元の岩はテラテラと光り、今にも足を滑らせてしまいそうで、私はゆ

っくりと歩を進めていた。水の流れる音と私の足音。それしか聞こえない

世界がそこにあった。時折り自分の足音のはずなのに、後ろから誰かが付

いてきている音のように聞こえる。怖い怖い怖い…そこにいるんかい?!

その度に後ろを振り返り、辺りに光を撒きちらすが、誰もいなかった。こ

のへんかなぁ、このへんなんかい?なんで返事してくれん…。


 彼が自殺したことを聞かされたのは一昨日のことだった。どうして。わ

けが分からなかった。このあいだ会った時も普段と変わらなかったのに!

!どうして相談してくれんかった?急いで新幹線に乗って告別式には行っ

たものの、みんなが神妙な面持ちでつめかけているのを見ていると、なん

だか、こんなのじゃない!これは違う!という気持ちがこんこんと涌いて

きて、考えた末、同じ時間に同じ場所に行こうと決めたのだった。


 しかし、大まかな場所しか聞かなかったうえ、思った以上に森が深く、

道は頼りない。こんなことでもなければ絶対に来れなかっただろう。今で

も、この胸の鼓動だけで突き進んでいるのが自分でもわかる。とくとくと

く、勝手に早まる心拍と、大きな石だらけの坂を登る足からの衝撃で、は

あはあ息切れしながらも、進める。
 もうかなり来たけど、このあたりかなぁと、立ち止まって買ったばかり

の地図にライトを向けてみる。もしかしてもう通り過ぎちゃったかもしれ

ない。そもそもさっきの分かれ道で、右に行ったのが間違いだったんじゃ

ないだろうか。地図に載ってない分かれ道だってあるもんなぁ。途方にく

れ、そこの岩に腰をおろしてハァとため息をつくと、とたんに眠気が襲っ

てきた。


 気づくともう明け方近く、空は赤とも青ともとれない色に染まりかけて

いた。綺麗だなぁとしばらくぼーっとしていた。

 それからしばらくして、ようやく思考が追いついてきた。やっぱ無理で

した。無謀だったよね、いきなり一人で知らない山に、しかも夜中に入っ

ていくなんて。笑っちゃうね。ふふふ。急におかしくなって、しばらく一

人で笑ってた。それにしても私よく頑張ったな。
 
 昨日は暗くて分からなかったけど、ほんの40メートルと少し向こうに

山頂があった。そこまで行って下を眺めると、曲がりくねって流れる川や

、むかし住んでいた町並みが一望できた。みんなで遊んだ川、入院してい

た病院、それから彼のいた小学校。はじめて涙が、でた。


 私はあの時、あそこに行って何をしようとしたのか。今の自分にはもう

わからない。現実を受け入れるためだったのか。何かを見つけたかったの

か。感じとりたかったのか。今から思えば、そんなことなんかできないと

、初めから分かっていたのではないかと思う。彼の心は彼にしか分からな

い。彼がいちばんよく分かる。ひとは言う、困っていたらなぜ相談しなか

った。それでは問う、相談したら解決してくれたのか、そんな能力があな

たにあったか、興味半分ではなかったか、同情するのが精一杯ではなかっ

たか。死に対する気持ちは、まさに死に直面した人にしか分からない。自

分の死に直面せず生きてきて、死が怖くない、と言うのは間違いだ。自分の死に

直面して初めて、死を考えられるのだ。

 そうやって私は他人に責を押し付け生きる。