日々の雑感帖。小説は25pmにて公開しています。
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理由

 最近、絵に没頭できない。鉛筆を転がしてみる。からから音がする。た

だ空しい、空しい。
 私が美大に入ったのは、小さい頃から絵を描くのが好きだったから、っ

ていうまっとうな理由じゃない。まあ全然好きじゃなかったわけではない

んだけど、図画工作の時間に模写してるのが楽しいし、人よりほんのちょ

っとだけ上手かったというくらい。自分からすすんで描こうとも思わなか

った。高校の部活も文化部なんて暗いだけじゃん!ってイメージがあった

から3年間ソフトボール部で頑張った。小学生の頃から地元のチームでき

つい練習をこなしてきたおかげで、すぐにレギュラー入りしたし、充実し

た3年間だった。いや、3年生の始まりまでかな。
 ちょうどその頃、よりにもよってクラスメイトの奈津子が、ぎゅうぎゅ

う詰めの体育館の中、全校生徒の前で表彰された。なんとかっていう絵画

コンクールで最優秀賞をとったらしく、どこかのプロっぽいカメラマンま

で来てた。パチパチパチパチ。乾いた拍手とシャッター音が狭い体育館に

響いて、奈津子は賞状とトロフィーをよろけながら受け取った。
 その日がっこうがこれまでになく邪魔だった。「すごいねー!」「うう

ん、ちょっと運がよかっただけよ」「そうだったとしてもすごくない?」

「おれはやる奴だと思ってたよ」ありきたりの会話がうざい。そこに加わ

ってる私はもっと。一刻も早く家に帰って、気持ちを整理したかった。今

日は朝から雨だし、筋トレ…くらいサボってもいい。
 そのまま家に帰るはずだったのに、なぜか降りる駅で電車のドアが開い

ても、私は降りようとしなかった。あさ配られた展示場の案内のプリント

を両手で持っていた。あんまり長い間持ってたから手が震えてるじゃん。

長い間持ってたから。
 壁をぐるりと回っても奈津子の絵はなかなか見つからなかった。それも

そのはず中央に飾られていたからだ。ばっか、私。あんなに騒がれるほど

の賞をとったんだから特別扱いに決まってるじゃない。
 羨ましい。それは違うと思う。そうじゃなくって、えーっと、なんとい

うんだろう、ひょっとして日本語の表現にはないのかな。ああ、この気持

ちかな。やられた。やられたやられたやられた!
「やられた・・・」
 つぶやいてみる。
 このほうがぴったりくる。私だってそれくらいできたのに、ううん、も

っとよくできたのに。人間ってあんなことできるんだ、って気持ち。で

も私は何もしていない。ソフトでホームラン打って、だからそれがどうし

たっていうの。私もやらなきゃ。
 やらなきゃと思っても思うように描けない。不安不安ふあんフアン。怖

い。やらなきゃ。私は描かなきゃいけないの!部活もあまり行かなくなっ

た。もう2年生が引っ張っていく時期なんだから大丈夫。私は描かなきゃ

いけないの。
 そうやって頑張った甲斐があった、ようやく、少しずつだけど思ってい

るように表現できるようになってきた。でも不安は湧き水のように涌いて

くるの。
 美大に入って少し経ってから、あのときの奈津子と同じくらい良い賞が

とれた。ほらね、私だってできるんだから。なめないでよ。でも、焦りや

不安は変わらなかった。どうして?もう認められたんだから、不安じゃな

いはずよ。どうしたの?私は。
 夏休みの間、賞をとったばかりの私はそうして不安に支配されていた。

あの時の奈津子に追いついたというのに何が不安なの?今何もしてないか

ら? <ヤラナキャ ヤラナキャ ヤラナキャ ヤラナキャ>確かに絵を描いて

るときは不安じゃないのよね。何かしていないと不安なの?過ぎていく時

間がいたい。何もしてないのに!過ぎていく時間がいたい。何もしてない

から?いたい。
 どうして何かしないといけないの!?私はこのままでいい!何もしてい

なくてもいい!だって私は私だもの!私は今ここに立っている。私がこう

していてもいい理由。それは私がそう決めたから。そう思うから。
 私は私が好きだから!