日々の雑感帖。小説は25pmにて公開しています。
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最後のひと葉 川端康成随筆集 冬虫夏草(途中)

オー・ヘンリーの短編集『最後のひと葉』を最初の4作くらいと最後の表題作を読んだ。何も調べずに好みでないジャンルの本を買って、文句を言うほど馬鹿らしいこともない。訳者あとがきで翻訳以前に表題作の劇をやったことがあると書いてあったが、まさに劇の台本がつまった短編集と言えると思う。

 

川端康成随筆集』を最初の数ページで断念した。随筆というから日々思ったことを書いているのかと思ったら、批評一色のような本で受け付けなかった。

 

寝るときに梨木果歩『冬虫夏草』を読むことが多いが、数ページ読むうちに眠ってしまうのでとても長く読めて幸せだ。本書は『家守綺譚』の続編で、そんなものがあることをなぜ今までしならなかったのか、いやこの本の存在は知っていたが続編だったとは、と後悔しつつ最速でハードカバーを購入した。前作と違ってしっかり取材に行った感じがですぎているが、流れは同じ古き良き日本にいると感じられる。さらりとした感じではなく、密度が格段に上がっているので半分読んだ時点で、『家守綺譚』歴10年以上の私には馴染みきれない、しかしこれはこれでよいなと葛藤中。

CoD BO Cold War 日本の黒い夏

CoDの最新作ベータをプレイした。UAVが出せすぎて面白くない点、HPバーが全員頭上に表示されスポーツ感がですぎてしまっている点、視線が通らない複雑なマップが多くオブジェクト系ルールだと取り返せないで終わってしまうことが多い点、は良くなかった。記録として思いついたものを書き出したが、そういう細かい点を除けば撃ち合いゲームとしては面白い。

 

映画『日本の黒い夏』を見た。冤罪が主題で警察もメディアもましてやそれ以外の人も、所詮は人間だということをあらためて感じた。

美しい日本の私

『美しい日本の私』を読んだ。これは川端康成ノーベル文学賞を受賞したときの、スピーチ全文。禅や茶道、華道、和歌、俳句などを出して日本人の心を伝えようとしているが、日本人の私にも心に響くものがあった。それに多少調べたにしても、知識量がとても豊富で驚いた。芸術関係の蒐集をしていたというのを聞いたこともあるし、この前読んだ『舞姫』もその流れの上にあったのかもしれない。

 

初めに明恵上人が禅堂の行き帰りや出入りの際に読んだ歌がいくつか紹介されてる。月が雲から顔を出してついてきているように思えたり、月を思いやったりするのが、自分の友と思える、むしろ自分が同じ月として感じられるほどだという、その精神性に日本特有の感性があるのだ書いている。最初にもってきたのが典型的なわびさびではなくこの題材ということに、著者の思いを感じた。日本人が感じる美しさは外国人が想像する盆栽とか神社とか俳句とか決まった形あるものではなく、身近にある様々なものにあるのだというメッセージのような気がした。

 

ただ、大舞台で日本を表現しようとするあまりか、他国とは違う、という言い回しの文が意図せず他国を見下しているように受け取られてしまう危険性がある、そう思うところがいくつかあった。そんな心配をしてしまうほど、作者の側にたって深く共感している自分がいた。

 

後半は英訳なので実質37ページの本書、人を選ぶので現実世界で薦めることはないが、他人にこれほど読んでほしいと思った本もまたない。

舞姫

川端康成舞姫』を読んだ。最初はつまらないと思ったが、読み進めるにつれてそれぞれの思いが交錯しながら手探りで進む姿に魅入られた。情景描写ではなく、心情をメインに据えているのが著者にしては珍しく感じられ、こういう書き方もあるのかと思った。全体を通しての信頼できる安定感は健在で、純粋にそういうものが読めるのがたまらなく嬉しかった。ただ、当時の状況を知らないので理解しきれない部分があるのと、途中で挟まれる歴史の記述が冗長だったことは残念だった。

 

ためになったのは三島由紀夫の解説で、深みを出す方法とか、ただの書評家では考えない角度から分析されていた。人物としても思想としても好きな人だが、抽象的でわざと句点をつけないし、もっと他人に分かりやすく書かないと、煙に巻いているようにとられても仕方がないのではとも思った。それ以上よい表現方法がないし心の感じるままに書いたのだということは理解するが、できれば解説の解説がほしいほどだ。

菊次郎の夏

菊次郎の夏』を見ました。久石譲の『summer』という曲が好きだったのと、北野武の作品を見てみたいと思って購入したのですが、想像していたのとちょっと違いました。もっとまじめな作品にすれば傑作になっていたかもしれないけれど、監督がやりたいように作った作品という感じは好きです。ビートたけし若い。

 

探した限りでは、パッケージでしか買えなそうなのでそれを買いましたが、ダウンロード販売にしてくれたらいいのに、そう思うことがけっこうあります。

センセイの鞄

川上弘美センセイの鞄』を読みました。いい本でした。文がシンプルで淡々としているのに味があり、衝撃を受けました。話も純文学然としていてとても好きです。これは枕元行き決定です。

 

この本は半ばまで読んでから熟成させていたのですが、ソファを買ってから2日で残りを読んでしまいました。以前はベッドに寝ころんで読んでいて、そうするとうつぶせでは腰が痛くなり、仰向けになれば手が疲れ、横向きでは首がおかしくなると、長時間読むのは気合いと忍耐が必要でした。

 

読書にちゃんとした椅子を使うという記事をたまたま読んで買ってみたソファ、どうして今まで読書環境を整えなかったのかと本気で後悔しているほど楽々読めます。帰宅後の時間は、ゲームからYoutubeになり今は読書です。ただ部屋が異様に狭くなってしまい、代償としては安いものだと思いこむことも必要なようです。

犬神家の一族、砂の器

映画『犬神家の一族』を見ました。雰囲気は素晴らしかったのですが話の筋が単調でそこまで入り込めませんでした。

 

映画『砂の器』を見ました。これは本当に素晴らしい。いちばん好きな映画になり、今も隣の画面で再び流れています。製作された1974年当時の生活や町並み、人柄などが今と比べられないほどよかった。主演の丹波哲郎さんも人としてかっこいい。ハンセン病を織り込んでより深みがある。人間はインスタ映えとか気取って上品に生きるより、泥臭く地を這って生きるのが似合うし、そこにこそ幸せがあるということ、最近自分が感じ実際にそのように生きていることと重なりました。

 

そうすると、コップひとつ洗うのにも、この夏の暑さの中を歩くのにも、こうやって部屋で文字を打っているのにも、四六時中すべてのものが心に染みてくるのです。ただ仕事の時を除いては・・・。そのおかげで帰ってからのビールは最高なのだけれど。今の私はそんなふうに生きている。

PSYCHO-PASS

アニメ『PSYCHO-PASS』を4シーズン分見ました。雰囲気やストーリーは製作者が視聴者を第三者視点で見て計算ずくで作られているし、登場人物は男からも女からも本能的な魅力を誘うよう作られています。そしてグロテクスさも心理学もアクションも喜怒哀楽も欲望もクラシック音楽も、視聴者に受ける要素をありったけ詰め込んでいます。人の本能に訴える計算されたあざとさがこれだけ詰まっているのに、くどく嫌味になりすぎないのは、延々とすべてを垂れ流すのではなく、ストーリーが進行する中で必要となった要素だけぽっぽっと出すのが理由だと思います。エンターテイメントとして最高です。

文学考

寝る前によく川端康成の『名人』を読む。この作品は実際に碁の対戦に立ち会った体験が下敷きになっていて、おそらくほとんどの部分が実体験なのだろうと思う。また三島由紀夫の『金閣寺』も実際の事件が元になっている。調べれば他にもそういう、実際の出来事を元にした小説を知らずに読んでいるのだと思う。

 

しかし、実際の出来事を書くのは文学ではなく作文ではないのか。実際にあったことなのか創作したものなのかということは、読み手が文を読み楽しむことには影響しないが、芸術作品としてみたときに、私には違和感がある。特に文豪と呼ばれる人でその作品が評価されている時には。

 

考えるに、私は単にいい文が読みたいのではなく、その人の創作の思念で創られた文を読みたいのだ。あぁ『名人』が創作であればどれだけすてきなことだったか。すべてを創作にするというのは難しいとしても、メインの下敷きにして書くのは避けたい。

遊びで書いているから放れる言葉なのかもしれない。

ゲーム考

ここ数か月、ゲームを一切やっていません。10年以上オンラインFPSやTPSを毎日のようにやり続けてきたのですが、ゲームをやることが無意識下での負担になっていることに気づき全てアンインストールしました。

 

ゲーム内のグループを自分で作っていた時期もあって、その場でしか知り合えなかった人達とVCやチャットで楽しく会話できたこと、グループのリーダーとしてメンバーといろいろ経験できたことが今も私の中で活きています。職場で初めてそのような立場になったときも、ある程度自信をもてました。また、様々な年齢・性別が一堂に会している中に居たため、それぞれの考えを許容できるようになりました。どれもそこでしか体験できなかったことです。

 

しかしゲームはゲームでストレスになることもあり、それなのに癖として毎日ログインしている変な自分がいました。またその間に現実時間を使っているということに気づいておらず、ゲームから離れてみると普段の生活がいかに良いものだったのか、あらためて感じます。その時間をこれまで飲まなかった酒を飲んだり、youtubeを見ることなんかに使っているのですが、それでも以前より充実しています。

 

PCの動作がおかしくなってきたため買い換えを検討しており、本当にゲームを卒業するなら発熱を抑えたものを買いたいのだけれど、万が一またやり始めたらどうしようと悩んでいる次第。

 

追記 香川県が平日のゲーム時間を60分までとする条例を制定したようです。「最近の若者は・・・」といったふうに、老人たちが井戸端会議で話す内容をそのまま県の決まりにしてしまったわけです。田舎のお年寄りの意見だなぁと笑えるところもありますが、上部組織が市民を管理する共産主義になったようでもあり、国内でこのようなことが起こったことに恐ろしくも感じます。