日々の雑感帖。小説は25pmにて公開しています。
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CoD Vanguard ベータ

CoD Vanguard ベータテストをやった。レベル20までやれば正式版で設計図がもらえるとのことだったのでなんとか頑張った。

 

HPが少ないので楽しい、と書いてHPの多いブラックオプスの次の年は毎回そう思っていることに気づいた。確か一昨年もそう書いた。始めてすぐ相手に当たったときのヒット音が懐かしくいい音がして感動した。

 

グラフィックボードはGTX1650superを使っているが、画質などを最低にしても相性の問題か35-45fpsくらいで動作してしまいカクカクする。Cold Warなら中の上程度の画質でも60を切ることはなく60-90fpsでできているが、一度グラフィックボードのドライバーを最新にすると急にカクつきがでてダウングレードしていたところいつの間にか改善版がでていたということもあった。今回もゲームかドライバか分からないがうまく動作するようになればいい。そこそこいいグラボを使っていたこともあったけれど、発熱がすさまじくBIOSで発熱ごとの回転数を減らしてもすごいファンの音だったのであれに戻るのは避けたい。

 

ゲーム中にゴリアテという自爆できるラジコンがあり、歩くほどのスピードしか出ずちょっとした段差でも引っかかって動けなくなる。普通に走って行って撃ったほうが楽だし早い。しかしせっかくだからとそいつを頑張って進めていたら敵のゴリアテとばったり出会ってしまい、お互いあっ・・・と気まずい感じになったのはちょっとほんわかした。

CoD Vanguard, Battlefield 2042

ゲームを二つ予約した。CoDは毎年恒例だが、去年は買わなかったバトルフィールドを今年は買うことにした。昔やった2142が楽しかったのでその流れの作品かなとトレーラーなんかもチェックせずに予約した。AWなどCoDの未来ものは絶対やりたくないが、バトルフィールドは未来もののほうが好きだ。箱庭であるCoDが単純に技量を競い合う試合なのに対して、広大なバトルフィールドは世界観も含めてのゲームだからだろう。

 

急に秋らしくなって、9月上旬からこんなに気温が下がるのは久しぶりだと思う。虫の鳴き声も秋のものになり、コオロギの声が気持ちいい。上品な鈴虫の声も聞きたいけれど野生の鈴虫なんて見たことがない。コロナが終わったらそういうのを探しに行くのも楽しいかもしれない。

『f植物園の巣穴』

梨木香歩『f植物園の巣穴』読了。『家守奇譚』の続編を期待して読んだ『冬虫夏草』が思っていたのと少し違い、装丁が似ている3作品の最後として読んだ本書。『家守奇譚』と非現実世界を描いた『裏庭』を混ぜたような作品で、非現実色が出てくるたびにどうにか現実側に戻ってくれと願いなら読んでいた。『裏庭』も好きで、親しい友人に贈って喜んでもらえたことがあったほど素敵な作品だと思っているが、今の私は『家守奇譚』と同じ世界の同じ文体の作品を渇望している。

 

wikipediaを覗くと、

以下引用〈梨木はこの作品を「料理人が作る自分用の賄いのようなもの」と位置づけている。『沼地のある森を抜けて』で敢えて得意分野とする植物を登場させないという選択をしたため執筆に行き詰まることがあり、バランスを保つために平行して書くようになったのが本作のきっかけである。〉 引用終わり

とある。

声を大にして言いたい。梨木さんもっと賄いを作っていただけないでしょうか。お願いします。

『冬虫夏草』

梨木果歩『冬虫夏草』読了。文や会話が説明口調になっているところが、前作『家守奇譚』と違い、日常を描いていたのが探索記になったという点も違う。私としては前作のまま新しい話が読みたかったが、これはこれでしっかりめのものが読みたいときにはいいかなと思う。

 

おそらく調べたり聞いたりしたことをもとに書いているため説明っぽくなっているのだと感じるが、岩魚や葬儀の話のように著者が独自に考えて書いたものが好きだ。そういうものを書くのが苦しいのは知っているが、それを読むのは幸せで故に苦しい。

『死にがいを求めて生きているの』

朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』読了。半分まではしっかり読んだが、タイトル通りの本で途中で苦しくなりあとは斜め読みした。

 

ちょうど2年前にこのブログでも言及した、NHKのインタビューでは、順位付けが廃れ多様性を重視する風潮のため、何をすればいいのかを自分で見つけなければならず生きづらさ、自己批判へとつながっていると朝井さんが答えられているのを読んだ。それに私も共感してその先がこの本に書いてあるのではないかと思い読んでみたという経緯がある。

 

以下ネタバレあり

 

複数の人の生きづらい様が描かれ、それぞれタイプは違うにしても、他人と自分を比べて充実感だったり地位だったりをいかに上の順位にするかを競いそれによって満足感を得ようとするが、自ら競うのに自己疲弊する。SNSが発達するにつれ一瞬で他人の生活がわかるのでより加速してしまう。生きがいの対象別に3つのタイプにわけ、他人のために生きがいを持つ人、自分の趣味のために生きがいを持つ人、ただ生きている人、とも書いてある。死ぬまでの時間の生きがいを持つという言葉もありそれがタイトルになっている。やりたいではなくやらなければいけない?と問う登場人物もいる。他人と比べなくていいと言う言葉に納得できないという人も出てくる。本書には解決策は示されていない。

 

私がこの本とは別に触れていた読み物で、自分の基準という言葉が心に響いた。主観的な”考え”ではなく、俯瞰の”基準”というもの。自己批判が強すぎても自己肯定が強すぎてもよろしくなく、バランスをとることが大切であり、バランスのいいひとは自分の基準で出来事の受け取り方を変えているという記事だった。単発で起こる出来事だけではなく、生きがいについても当てはまるのではないかと思う。

読みかけ 冬虫夏草 死にがいを求めて生きているの

梨木果歩『冬虫夏草』をまだ読んでいる。眠る前に読むので、数行読んで眠ってしまうことも多く長持ちしている。前作で、日常をそのまま書いて小説だとするのは嫌だと主人公に喋らせていたが、今作は著者の旅をそのまま書いているようで、もうちょっと前作風にアレンジしてほしかった。私の前作愛がすごすぎるのでどうしても比べてしまう。

 

朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』を少し読んだ。もう少し硬めの文体がいいと思うのは完全に私の好みの問題だけれど、日本語のリズムが読んでいて気持ちよくない。NHKのインタビューから主題は素晴らしいもののようなので、もう少し読みすすめてみたい。

路傍の石

山本有三路傍の石』を読んだ。起承転結ものは好みではないが、この作品には惹きつけられた。私自身が恵まれた環境で育っていないので、苦労の様子を描く様には、それくらいで泣いて・・・、と思っていたが、読者の同情を得ることが著者の書きたいことではなく、苦労して生きていくうえで学び考え、その時絶対正しい考えだと思ったことも違う経験で改変していく、そして行き着くところは、というものだと思う。思う、というのは、執筆されていたのが戦中で軍部の検閲により内容を変更せざるを得なくなり、途中で書くのをやめてしまったため。内容は違えど苦労の中での思考の変遷はまさに自分が行ってきたもので、この先がそういう点で気になった。ただ、純文学に比べてストーリー重視のものは読み返したいと思わないのは変わらなかった。文そのものを楽しむ純文学は何度読んでもいい文だと感じ入るが、ストーリーが気になる本は読み返すと言ってももうストーリーを知ってしまっている。

 

これを読んでいる人で、本当の苦しみのただ中にある人がいたら、死を選ぶのは下策、ただ耐えているのは中策、原因を考えて対策を講じる、受け止め方を変えるのが上策だと伝えたい。一回の試行錯誤がだめでもそれを糧に何度でも繰り返し一歩ずつ進むこと。進んでいると実感できなくとも道が正しいのなら進んでいるんだと自分を信じること。乗り越えた壁が高いほど得るものも大きいが、乗り越えられないと壁の内側で自殺となってしまう、生き地獄になってしまう。生死をかけるほどの苦労を経験せずに生きてきた人にはわからない厳しい環境も現実にはある。諦めず思考することを捨てないでほしい。

 

こういう地べたを這ったような経験があるから、おしゃれな作品に嫌気がさし、泥臭い作品に好感を抱くのだろう。

武士の一分 鉄道員

映画『武士の一分』を見た。当時の武士の心意気が伝わってきた。

 

映画『鉄道員』を見た。高倉健かっこいいな。感動した。ただ一つだけの違和感は、主人公が鉄道に執着する理由が描かれていないこと。主人公がもっと変わり者だったり、過去の理由などがあればもっと入り込めたかもしれない。

CoD 路傍の石

結局CoDの新作coldwarをやっている。プロの動画を見てからやると格段にキルレートが上がり楽しい。いつも通りARから始めてSMGをやりSG、SRを育てきって結局ARに戻ってメインのAK47以外の銃を育てている。臨場感はMWのほうがあるけれど連続キルの爽快感はこっちのほうがある気がする。FPSを再開したが、きりよく切り上げられるようになったので生活への悪影響は少なくなった。

 

山本有三路傍の石』を最初のあたりだけ読んだ。1937年の作品で当時著者は50歳。素朴な文の組み合わせで文章が構成され頭に入ってきやすい。それでいて書き込むところは巧妙な描写で、情景からそれを見ている人物の心情まで直に伝わってくる。内容も心に触れてくるもので、こういった書き込み方もあるのだと感じ入ったほど素晴らしい。

これまでは作品だけを見ていたのに、いつ頃書かれて当時著者は何歳だったのか、当時の時代背景など、バックグラウンドを考えるようになった。そのほうが気持ちよく作品に浸れる気がする。

 

数日で今年も終わり。今年は生きてきた中でいちばん大切な年になったので、正月なんて自分自身で祝ったことなどなかったけれど、おせちは買って、数の子をつけて、お雑煮なんかは作ってみようと思う。

 

と思ったら、買った数の子は味付きのものだった。私の目を欺くとはやりよる。

最後のひと葉 川端康成随筆集 冬虫夏草(途中)

オー・ヘンリーの短編集『最後のひと葉』を最初の4作くらいと最後の表題作を読んだ。何も調べずに好みでないジャンルの本を買って、文句を言うほど馬鹿らしいこともない。訳者あとがきで翻訳以前に表題作の劇をやったことがあると書いてあったが、まさに劇の台本がつまった短編集と言えると思う。

 

川端康成随筆集』を最初の数ページで断念した。随筆というから日々思ったことを書いているのかと思ったら、批評一色のような本で受け付けなかった。

 

寝るときに梨木果歩『冬虫夏草』を読むことが多いが、数ページ読むうちに眠ってしまうのでとても長く読めて幸せだ。本書は『家守綺譚』の続編で、そんなものがあることをなぜ今までしならなかったのか、いやこの本の存在は知っていたが続編だったとは、と後悔しつつ最速でハードカバーを購入した。前作と違ってしっかり取材に行った感じがですぎているが、流れは同じ古き良き日本にいると感じられる。さらりとした感じではなく、密度が格段に上がっているので半分読んだ時点で、『家守綺譚』歴10年以上の私には馴染みきれない、しかしこれはこれでよいなと葛藤中。